UCHEW-NISSHI

Tokyo Based DJ KNK's Blog - 音楽関連、東京近辺のパーティ情報、各地の旅先での音楽に関連した散策、読んだ本や見た映画について

March 2015, DJ Schedule

[March]
03/12(Tue/Afternoon) @ Heavy Sick Zero, Nakano
03/13(Fri/Night) (f)uchew @ Barnotbar, Fuchu <詳細>
03/20(Fri/Night) Futuristic @ Aoyama Hachi, Shibuya <詳細>
03/21(Sat/Afternoon) @ Waltz3, Shibuya <詳細>

 

February, 2015 DJ Schedule

[February]
02/03(Tue/Night) 新宿ドゥースラウンジ @ Lounge Neo, Shibuya <詳細>
02/13(Fri/Night) (f)uchew 4th Anniversary Party @ Barnotbar, Fuchu <詳細>
02/19(Thu/Night) Qualia @ Grassroots, Higashi Koenji <詳細>
02/20(Fri/Night) @ 宇田川カフェ別館, Shibuya
02/27(Fri/Night) @ Sound Bar Pure's, Asakusa

 

司馬遼太郎『花神』のパンチライン

最近ふとしたことから江藤新平のことが気になって、司馬遼太郎の『歳月』を読んだ。読み終えて解説を読んでいると今度は大村益次郎のことを知りたくなって今『花神』を読んでいる。
司馬遼太郎手塚治虫と同じく、その偉業の一つに圧倒的な作品数の多さがあると思う。『国盗り物語』や『竜馬がゆく』などの人気のある歴史上の人物を主人公に据えたものがある一方で、こういった人物を主人公に据えたものもある。おかげで現在でも歴史についての概観をつかみたい場合はとりあえずの導入として大変助かっているが、逆に今でも司馬遼太郎が本屋で平積みされている状態は世の中がいつまでも司馬遼太郎歴史観から脱却できていないということだと思う。

花神を読んでいる中で一個気になるパンチラインがあった。

天才は頓狂人だが、西洋人はそういう者を愛し、それをおだて、ときには生活を援助して発明や発見をさせたりする。日本人は頓狂人を嫌うから遅れたのだ

たとえばノーベル物理学賞を受賞した中村教授やテニスの錦織選手が日本ではなくアメリカで暮らす決断をした背景を考えると、上記の指摘は2015年現在の日本にも十分に当てはまるものなんだと思う。この言葉は昭和51年に司馬遼太郎が書いた、幕末期の日本を描いた小説の中の一節だ。司馬遼太郎が幕末期の日本を解釈する上でこのような言葉を用いたのが既に40年近く前のことだ。(!)

思うに、日本のこういった部分はそうそう簡単には変わらないのだと思う。だからこそ、そういったことを嘆くよりもそれを理解した上で何をするかが大事なんだと思う。
既にひと月が経過してしまっているが、2015年はいろいろ勝負をかけていきたいと思う。


新装版 歳月(上) (講談社文庫)

新装版 歳月(上) (講談社文庫)


花神〈上〉 (新潮文庫)

花神〈上〉 (新潮文庫)

January, 2015 DJ Schedule

[January]
01/09(Fri/Night) (f)uchew @ Barnotbar <詳細>
01/17(Sat/Night) 新宿ドゥースラー 5th Anniversary Bash Day2 <詳細>
01/18(Sun/Day) 新宿ドゥースラー 5th Anniversary Bash Day3 (VOODOO BEAT SOUND CLASH)
01/19(Mon/Night) Divang Tune @ Lounge Neo

 

October,2014 DJ Schedule

[October]
10/03(Fri/Day) @ Office, Gaienmae
10/04(Sat/Day) High & Low @ 青山蜂
10/05(Sun/Day) VOODOO BEATBATTLE 予選Aブロック @ 新宿ドゥースラー
10/10(Fri/Day) (f)uchew @ Barnotbar <詳細>
10/22(Wed/Day) VOODOO LOUNGE @ 新宿ドゥースラー
10/26(Sun/Day) VOODOO BEATBATTLE 決勝ラウンド @ 新宿ドゥースラー
10/31(Fri/Night) HALLOW @ Sound Bar Pure's, Asakusa

 

増田宗昭『知的資本論』を読んで

CCC社長増田宗昭氏。彼の「企画」や「編集」に対する考え方には昔から共感を覚えてきた。彼自身の本を読んだのは初めてだったが、基本的にはそれを再確認するための読書であり、さくさく読み進めることができた。

書かれている内容に沿って考えを巡らす中で今回印象に残ったのは「ライフスタイルの提案」という概念だった。このこと自体は珍しい概念ではないし、例えばよくビジネス書などで言われる、「商品を売るにはユーザーの体験を提案しなけばならない」というようなことと基本的には同義だと思う。今回それが印象に残ったのは、おそらくTSUTAYAという具体例がもたらす説得力と、それが単なる商品の付加価値ではなく商品 (増田氏にとっての企画) そのものであるからだと思った。

クラブの現場にいて強く思うのは、単なる音楽的なジャンル (例えば特徴的なリズムや音色) に留まることなく成立しているムーブメントの力は非常に強力である、ということだ。自分はこれを日本におけるJukeシーンの盛り上がりを見ていて強く感じた。

Jukeは高速で繰り出されるキック音と、低音が強調されたベース、そしてこれらの上で華麗に跳ね回る上物が合わさって構成されるダンスミュージックの一種である。そして、Jukeシーンを特徴付けているのはこの音楽に合わせて高速で足をステップさせるフットワークというダンスである。

ダンスミュージックに合わせてダンスするのは当然のことであるが、ジュークとフットワークは不可分なもので、例えばテクノミュージックに合わせて体を揺らすというようなものとは全く異なる。

これは多くのDJやパーティオーガナイザーが気付いていないか、気付いていないふりをしているか、気付いていながらも抜本的な対策を打ち出せていないことだけど、世の中に好きな、いい音楽を聴くためだけにクラブに来ている人は本当に少ない。クラブで飲むことが一般的でない日本においては最初のきっかけはおそらく音楽、またはナンパなどだと思うが (そもそもだから人口がなかなか増えないのだと思う) 、そこから根付いてクラブ通いを続ける人はそこにある人や特殊な飲み方、そして雰囲気など様々な要素を音楽に加えて得られる場所としてクラブに来ているもだと思う。そして、音楽と不可分であるダンスが成立する、ここにダンスが加わる。こうした要素が一つ増えることはそれが他のシーンにはないものだからこそ際立って結果が見える。思えば、ヒップホップも始めから「ラップ・ダンス・グラフィティ」をその3大要素として成立している。

これは単に「音楽とダンス合わせてプロデュースすれば最強っしょ」といいたい訳ではない。音楽それ自体がかっこいいかどうか、ということは大前提として、それをライフスタイルとしてどう提案していくかということをもっと真剣に考えていかなければならないのだと思う。

知的資本論 すべての企業がデザイナー集団になる未来

知的資本論 すべての企業がデザイナー集団になる未来

三島由紀夫『行動学入門』を読んで

実は自分は三島由紀夫というものをほとんど読んだことがなくて(それは彼の最期にまつわるエピソードが多分に影響している)、この本が初めての三島作品だった。

読み終わって、彼は1960年代に取り残された人なんだな、という印象を強くもった。1960年代は1人ないし特定のグループに端を発する行動が世界を変え得ると信じられていた時代だと自分は思っている 。例えばウッドストックを頂点とするヒッピー的なムーブメントや安保闘争、そして少年ライフル魔事件や三億円事件など、この時代の出来事の根底にはその大小はあれど世界を変革しようという意志を読み取ることができると自分は思っている。

これらの1960年代を彩る出来事についてはいずれまとめてみたいと思っているが、三島はこうした1960年代的な「世界を変革しようとする意志」を1960年代に発散することができずそれを持て余した人なのではないかと思った。そう考えると彼の最期にもある程度納得がいく。彼は世界を変革するためにEminemが"Lose Yourself"の中で歌うOne Shotを追及したのではないか、と。

現代において彼のイデオロギーに共感を示すことは自分にとっては非常に難しい。でも、自分の一生を凝縮した行動 (One Shot) に込めようという姿勢には非常に共感できる。その一発によって現実を打破したいという意識は自分の中に確実にあるし、DJの現場では常にそこがその一発足り得るようなプレイをしなければならないと心がけている。そういう意味で自分もまた1960年代を知らぬまま生まれてきているものの1960年代に囚われている1人なのかもしれない。 

行動学入門 (文春文庫)

行動学入門 (文春文庫)