秩父セメント工場に行った時の話
感動とは何か。
この言葉に対する明確な定義は未だ持ち合わせていないけど、エクスタシー(精神状態の極限までの高揚)はそれに近い言葉ではあると思っている。感動というと、もう少し感情の色がついているものにも思われるが、自分は感情というものはまず精神状態の高揚があり、そこに文脈に合わせた色づけを無意識のうちに行ったものが感情であると思っている。
さて、そのエクスタシーが起こるきっかけになりえるものの一つは"日常的感覚との大きなズレ"だと思う。人間はいつも少し先の未来をほぼ自動的に予測しながら生きているが、その、無意識に作られる「ここだったらこんなもんだろう」という予測と現実に起こることとの間にギャップが生じると、そのギャップを補うために感情が動くのだと思う。
そんな意味で、学生の頃(もう10年近く前になるけど)に訪れた太平洋セメントの秩父工場は感動の巣窟だった。
ズレの源は、そのあまりにも巨大な佇まいにある。敷地と建物があまりにも巨大で、本当にちょっと感覚が狂ってくるような気がする場所だった。
太平洋セメント秩父工場は当時すでに廃墟としてそれなりに有名な場所になっていたようで、自分も先輩たちから噂話をちょくちょく聞いていた。たまたま友人たちと夏に車で秩父方面へ行く機会があったので、誰からともなしに行ってみようという話になったのだと思う。
工場はすでに閉鎖されているので、車のナビ等で検索しても場所は出てこない。近隣にもうひとつ大きな工場があったので、当初は間違えてそっちのまわりをぐるぐる回っていた。秩父市の市街地自体はそうそう大きいものではないので、気づくと同じようなところをまわっていてあきらめたくなる気分になる。
しかし、程なくして目の前に地図上にはない巨大な工場が出現する。
近くに大きな駐車場があるコンビニがあったので、そこに車を停めて柵を乗り越え中に入って行った。
太平洋セメントは普通に生きているとあまり知る機会がない類の会社だと思うが、かなり由緒正しい会社なようで、Wikipediaには下記のように書いてある。
太平洋セメント株式会社(たいへいようセメント)は、1998年に秩父小野田(1994年に秩父セメント、小野田セメントが合併)と日本セメント(1947年に浅野セメントから改称)が合併して設立されたセメント業界最大手の企業である。
前身企業のうち小野田セメントが三井系で、秩父セメントのメインバンクは当時の第一勧業銀行、日本セメントのメインバンクは旧富士銀行であった。故に太平洋セメントは三井グループとみずほグループ(第一勧銀グループ及び芙蓉グループ)に属しているセメント会社といえる。「創業」ではなく、会社設立の年月では最も古い企業とされる。
その広大な外界から隔離された敷地に入ると、一気にSFの世界に迷い込んだような感覚に陥る。
自分の世代の人はファイナルファンタジー7の「魔鉱炉」や「サイレン」「サイレントヒル」あたりの世界がフラッシュバックするのではないかと思う。
日常の感覚とのズレは、それを知覚できないと容易に流されてしまうものである。
仕事に忙殺されて世界を見る目が曇ってしまうと、そこにズレが生じていても見えなくなってしまう。
また、そのズレを受け入れる余裕がないと、ズレを受け入れることができず見えないふりをしてしまう。
このズレを知覚する能力が一般に感性と呼ばれるものだと思うが、この感性を磨くことは生きる上ですごく大事なものだと自分は思っている。今後もエクスタシーのきっかけとしてのズレ、そのきっかけになりえるようなものを紹介していきたいと思う。