UCHEW-NISSHI

Tokyo Based DJ KNK's Blog - 音楽関連、東京近辺のパーティ情報、各地の旅先での音楽に関連した散策、読んだ本や見た映画について

「ガンダムUC」と世界を創るという営為

SFはどれだけ現実的な物語よりも現実的である。
それゆえ、その内容は即時的なものとなるが、一方その性質ゆえに普遍的なものとなる。

福井晴敏の「機動戦士ガンダムUC」はまさに2000年代のガンダムといえる作品となっている。
このシリーズ、バイト先の上司に薦められて読み始めたものの、どこの書店も在庫切れで、まだ途中までしか読んでいない。そんな状態で感想を書くのもおかしな話だが、小説は導入部分においてこそ、その作者の世界観が表れるものだと思うので、それをここに記しておく。

人はいかに世界を創造しえるか。言うまでもなくそれは神の営みであり、不可能性との戦いとなる。しかし、それが不可能であるからこそ、人はそこに憧憬を抱くのであろう。特定の芸術家の作品を通してその“独特の世界観”を賛美する声が後をたたないのは、そんな憧憬があるからこそであろう。そもそも小説というパラレルワールドの創造をその根本要素とするエンターテイメントはそれをもっとも表出しているものだし、以前「スペクテイター」に載っていた“架空地図”の作成や、空間の掌握/創造を目指すパフォーマーの活動もまたそれに類するものとなるだろう。人々がこれらに憧憬を抱くのは、アフロ・フューチャリズムにも通じた、現実とは違った理想郷へのノスタルジック/フューチャリスティックな希望があるからといえるだろう。
「スペクテイター」の記事中には、地図を作って架空の世界をつくることは一人の人間処理されえない行為だと書かれていた。実際、なんらかの形で世界を創ろうとしたことがある人ならば、それがいかに困難なことであるかを理解できるだろう。世界とはそれだけ膨大な情報の上で成り立っているのである。「ガンダム」という一連の作品は、そのような一人では処理しきれない事業を何人もが連帯することによって遂行しようとしているものである。それは、特定のポータルに情報をどんどん集積していく行為であり、ウィキペディアやSNS、ひいてはwwwのそもそもの理念に通じる実践である。さらに言えば、このような「特定のポータル」の林立と差異の顕在化が現在の島宇宙的文化地図をつくっているのだと考えることもできるが、一方でそのような島宇宙はもともと存在していたものだが、ひとつひとつがお互いを認識できずに閉じた円環の中にいたことを知らなかっただけ、つまり現在の状況は井の中の蛙たちが大海を知った状態だとも考えることができる。ところで、この島宇宙の個々の島、例えばウィキペディアを見れば明らかなように、そこには正確性や整合性はない。あるのは主観と主観の間の“真正性”を獲得するための闘争である。それは、高度にシュミレーション化されているという意味で、近代的なイデオロギー闘争に似た雰囲気を持つように私は感じる。そこでは、主観と主観が擦り合わされてぶつかりあって、弱肉強食適者生存的な闘争が繰り広げられている。その勝者は、それが別の主観に打ち倒されるまでの間、真実という虚構の冠を戴くのだ。

福井晴敏は、そんな世界の理をしっかり認識したうえで作品を作る著者であると思う。ベンヤミン的な歴史観のもと、自らの主観に基づいた主張にあわせるようにして歴史/世界を作り変えていく。そんな筆者が描く「ガンダム」の世界。当然、まっすぐな形では描かれていない。
911以後のアメリカの覇権と、それに対するサバルタンとしてのイラク/アフガニスタンに住む民衆。そしてイスラムの過激派によるテロ行為を念頭に置いた導入部分は彼なりに現代を捉えた結果としての描写である。それは現代に即した形でのプロットの作成というよりは、現代という視点から発見される「ガンダム」という世界の新たな側面である。世界は何も刻一刻と新しいものに生まれ変わっているのではなく、はじめから多層的な形でそこにある。我々はその時々の断層からそれを観察してそれまでとは違ったものに直面していくのだ。その時々の断層を内包しながら肥大化していく「ガンダム」という世界が全体としていまだに求心力を失っていないのは、ノスタルジーだけでなく、そこから常に新たな断層が発見されていくからであり、そこに常に新たな断層が埋め込まれていくからである。それは現実世界そのものにおいても変わるところではない。

福井晴敏が描写する世界。現実に存在するものが何一つ真実を内包していないように、ネット上の情報の全てが反論可能なものであるように、それを我々の世界として承認するかどうかは各々の裁量に任されている。違う断層が必要なら、それを捉えて描くなり、その断層を捜し求めるなりすればいい。ただ、とりあえず僕はこの「ずれている」感覚を持つ少年への共感とともに、この作品に承認のハンコを押させてもらった。